ボランティアさん

H.D.様

先生やサエさんアムラーちゃん、生徒の皆さん、皆さんのお陰で本当に素晴らしい体験ができましたし、とても勉強になりました。

この体験を日本の皆さんに伝えさせていただいて、少しでも多くのことをみんなで学ぶことができればと思います。

お預かりした郵便物ですが、昨日の夜に札幌から出しておきました。

カンボジアにいる時にスコールで少し角が濡れてしまったのですが、中には影響はないかと思います。

みませんでした。

本っ当に楽しく勉強をさせて頂きました!

写真など、整理してからまた改めてメールします

◎カワイイカワイイ、アヤちゃんにもよろしくお伝えください☆

S.Y.様

1カ月、本当にあっという間でした。

今、自宅にいて色々思い出すと、まるで現実だったのか????と思い、24時間前には一二三日本語教室の12:00クラスに居た・・・・・というのが、信じられないくらいです。

日本は猛暑らしいですが、クーラーなしの生活に慣れた身体には、そんなに???と、あまり暑さを感じません。

むしろ、バンコクの空港・飛行機までのバスのクーラーが効きすぎ、「身体が凍りそうで、風邪」・・・・いまは、鼻水がぐしゅぐしゅです。机の上がティッシュの山になるほど。(今年の夏の電気代は、安く済みそうです。)

早朝に着いたので、荷物は本日中に届くそうです。荷物は、めでたく2つとも出てきました。

これから書くことは・・・・建前日本人の笑い話として、マジメ君に話してやってください。帰国3日ほど前から体調を崩しソピアさんの料理も残してしまったり、今思うと大変もったいないことをした・・・・・と、意地汚く考えております。(オムライスも冷やし中華もおいしかったのです)

帰ってきて、その症状をネットで調べてみました。テング熱・・・・って、カンボジアではよくありますか??どうもその症状が一番近いようです。4日の夜辺りから、何やら熱っぽく、身体の節々が痛かったのです。

寝ると治ったので、翌日5日の午前中は、普通どおりに過ごせました。

でも、お昼を食べてから今度はおなかの調子と、腰のあたりの関節が痛いかなあ・・・・という程度、それと倦怠感・・・・12:00の授業をふけた原因です。夕方には少し良くなったので、18:00の授業は、(食事後で40分ほどでしたが、やろうと思っていたことはできました。その夜、シャワーを浴びた後から・・・・ずきずきと肩のあたりが・・・・・・肩こりとかいうのではなく、今まで経験したことのない痛みでした。

今だからいえますが、この夜、寝られなかった原因はこれです。少しは楽になるかな・・・と、深呼吸すれば、胸が苦しくなる始末、どうにもならず、寝る姿勢になると痛いので、起きてぶらぶら室内を歩いたりもしてました。

ボランティアでお手伝いに来ているのに、迷惑は絶対かけられないと思っていたのと、なんとかなるだろう・・・と楽観的にに考えたいたため、声をかけることはしませんでした。

しかし、深呼吸して呼吸が苦しくなった時に、ふと・・・ 「もし、このまま死んでしまったら・・・そういえば、緊急連絡先など書いた書類を提出したわけでもないし、わたしの現住所だけではどこにも連絡がいかず、みなさんが困るだろう」と考えました。(今だから笑えますが、この時は真剣でした。)

ごそごそと起きて、ノートに実家の連絡先を書き、ベッドの横に置きました。それでも、6日早朝1時間くらいは寝られたようです。肩の痛みはかなり和らぎほっとしましたが、今度は首の付け根 頸椎付近がずきずきするようになりました。

人と話していたり、何かしていると痛みはあまり感じないのですが、じっとするとずきずきと・・・・クマちゃんのアイスクリームを食べ時や、みなさんと写真を撮ったりしていた時は、全然痛くなかったから不思議です。

シェムリアップ空港で、サエさん・モムちゃんと別れてからまた痛みだし、結局東京に着くまで続きました。不思議なことに、今はほとんど感じないのですが。調べたところでは、40度くらいの熱が何日か続く・・・・とあるので、ちがうかもしれません。

関節痛というところがあたっていて、後の発疹もあるのかないのか??

私的には、おみやげ話が一つ増えた!!と、これまた楽観的に見ています。

まあ、そんなことも含めて、一二三日本語教室で見聞きしたことは、本当に何にもかえがたい体験となりました。

また、お邪魔することがあると思いますので、その時もよろしくお願いいたします。(マジメ君の音楽発表会も捨てがたい・・・・)

昨夜、ご紹介いただいた大友先生に「慈恵医大病院 救急センター」を教えていただき、本日午前中行ってまいりました。

慈恵医大には感染制御部という科があり、そこで感染性のものを扱っているようです。

検査の結果、「デング熱」でも「マラリア」でもないことがわかりました。

とにかく、ただの風邪??のようです。御心配をおかけしました。

帰国してからまで・・・色々とお手数をかけ、とんでもないですよね。それでは、ご報告まで・・・・。

S.Y.様

帰国、日常の生活に戻り1週間が経ちました。

一日3回、ソピアさんの料理を思い出し・・・しばらく台所に立つのが億劫で仕方ありませんでした。

空腹には勝てず、ぼちぼちオサンドンを開始していますが。

今週のクメール語の参加者はいかがですか??

メールで、3名だけと知り・・・今にも私が飛んでいきたい・・・と思ってしまいました。(日本で習おうとすると、周辺には全くなく・・・)

とりあえず、文字だけでも覚えようかと思っています。

現在、カンボジアで撮りためた写真を見ながら、思い出を少しずつブログにアップしています。

お時間がある時にでも(ないのは重々承知ですが)下記アドレスを覗いて見てください。http://blog11268.blog34.fc2.com/

※あやふやな記憶力で書き綴っているので、名前等間違いがあれ指摘してくださるとありがたいです。

では。

W.T.様

今日、無事帰国・帰宅しました。

日本もなかなか残暑厳しい暑さです。

9月15日はお忙しい中、観光や授業の見学、カラオケなど交流ができて楽しかったです。

遅くまでカラオケをしていたので、翌日の仕事に影響してしまったと心配しています。

申し訳なかったです。

まさか、踊ることになるとは考えていなかったのですが、いい思い出になりました。

一二三先生の日本語の授業では、玉川の歌を皆で歌うことが出来て、最高の思い出になりました。

玉川の歌は本当にいいですね!!授業を受けていて、私自身がとても楽しかったです。

とにかく、文字が上手なことに驚きました。

先生が上手な証拠です。一二三先生は、ただ単純に日本語を教えているのではないことが、授業を受けて感じました。

音楽のない国で音楽を教えたり、書初めで日本の文化を伝えたり、図書館を開館して世界を広げようとしたり…教育者としての姿勢をとても感じました。

弟さんの奥様が、「ここは、人が育っていますよ」と、話しておられました。

まさに、私が小学校の教師になってやりたいことは、「人を育てること」そのものでしたので、授業や生活の様子を見学させて頂いて、とても参考になりました。

あと、マジメ君にクメール語を習い、クメール語もほんの少し覚えました。

発音も難しいですが、書くのはもっと難しいです。

観光では、カンボジアの病院を見学させて頂き、日本との違いを感じました。

リハビリテーション病院では、主に地雷で被爆され足の切断の方が対象になっていましたが、日本での対象は脳梗塞や足や手の骨折が中心です。患者層の違いと、国の背景の違いを感じました。

さらに、とにかくご飯がおししかったです。

コックさんにお会いできませんでしたが、「発表原稿」を読ませて頂き才能に恵まれていることを再確認しました。

羨ましいです。普通の旅行ですと、あまり現地の方との交流がもてないので、生の声が聞けません。

今回、一二三先生のところを訪れて生の声がたくさん聞けたので、楽しかったです。

実際に行ってみて、カンボジアがとても好きになりました。

帰りの空港でも、日本語が話せるカンボジア人がいて日本語で会話しました。

カンボジアでは、日本語が話せる方が多くて驚きました。

私の友人のYさんも、楽しめたようで、お礼をいっておりました。

また、何か援助が必要な際はご連絡ください。

私の出来る範囲ではありますが、協力させていただきます。

O.A.様

本日の朝日本に到着し、早速仕事復帰しています。

四日間という短い間でしたが、お世話になり、本当にありがとうございました。

カンボジアでの生活が夢のようです。。。

また今日から私もがんばります!皆様にもよろしくお伝えください。

本当にどうもありがとうございました。

K.Y.様

3日程前にお世話になりました、K.Y.です。

まだ覚えて頂いてたら嬉しいです(笑)。

1日という短いボランティアで、あまり役にも立ちませんでしたが、本当にお世話になりました!

日本に帰ってみて、私のカンボジアへ行った意味の大半は、一二三先生の学校にあったなぁと振り返っています。

子供達が日本に憧れて、目を輝かせながら勉強している様子は、本当に素晴らしいと思いましたし、そんな日本に住んでいることを誇りに思いたいと感じました。

また、鬼先生の、「自分がいなくなれば、生徒の日本語への成長はそこでストップする。」の言葉や生きがいについては、とても胸に響きました。

私も、自分の生きがいや使命だと思えるものを、早く見つけたいです。

日本は今、お金は沢山あっても、希望を持てない人も多いです。やる気をなくしたりシラけている人も多いです。

自殺者も後を立ちません。

私のやりたいことは、日本人が目をキラキラ輝かせるようなこと、それを促進するようなことがしたいんじゃないかと、学校の子供達がヒントとなって、今はっきりとそう思っています。

具体的にそれが何なのか?は、これから考えてみます!

一二三学校での体験は、私にとって大事なことを気づかせてくれましたし、一生の宝物になる想い出です。

何もない私を快く迎えてくださった一二三先生はじめ、マジメ君、モムちゃん、その他のスタッフの方々、お母様に、心から感謝します。

本当にありがとうございました!!

P.S.ちなみに、学校を教えて下さったカンボジア領事館の人は、生徒だった訳ではなく、噂で学校を知られたようでした!